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2012年8月18日(土)特集

転機をパワーにできる頼れる存在「プライドを持って気持ちをプレイに出したい!」

出岐 奏選手(新潟アルビレックスBBラビッツ)

出岐 奏

今回のゲストは新潟アルビレックスBBの出岐奏選手です。純心高から鹿屋体育大出身。大学時代に躍進を見せ、李相佰杯、ユニバーシアードに選出。日本航空に入ってからもアグレッシブなプレイで台頭し、スタメンを獲得。昨シーズンは新生ラビッツのキャプテンとしてチームを牽引し、強気なプレイで得点源となりました。昨シーズン、環境が大きく変わった中でキャプテンを務めた出岐選手に、8人で戦った新生ラビッツでの1年を振り返ってもらい、今シーズンの展望を聞きました。

——8人で戦った昨シーズンを振り返ってもらえますか。

いろんな思いもあったけど、あっという間に終わったシーズンでした。周りからは8人で大丈夫か、一勝もできないんじゃないかと言われ、自分たちもその不安がなかったわけではないんですけど、その中でもなんとか4勝することができて、その4勝は自分たちでも自信につながる価値あるものだったので、4勝できて満足ではないけれど、がむしゃらに走ってきたことは良かったです。

——不安がなかったわけではないけれど、やるしかないという心境だったのですか?

そうですね。できる、できないとか、勝てる、勝てないとか、やる、やらないよりも、やるしかない、でしたね。たとえば、日本航空のときは人数が多かったから、2回しか順番が回ってこない練習があったとすると、8人なら4回できたとか、そう思えることができました。8人だからキツイとかダメだったとかは思わなかったですね。考え方しだいで8人でもやることができたシーズンでした。

——昨シーズンはリーダーとして試合に出た出岐選手。試合に出続けたことで気付いたことや、今までより勝負所がわかったとか、そういう手応えはありましたか。

確かに今まで「思い切りやっていいよ」と先輩から言われていたのが、昨シーズンは一気に引っ張る側で試合に出続けました。ずっと試合に出ることは覚悟していました。それが基盤としてあったので、自分がファウルを込んでしまうとか、ミスが多くてコートに立てないという立場になってしまうと、チームが崩れると思ったので、昨シーズンはコートに立ち続けることが重要だと思っていました。

ただ、私自身、何で引っ張るかとなったときに、まだ声を出すことはできませんでした。ここを止めればもうちょっと離れる、ここを決めたら楽になる、というのが自分ではわかっていたけれど、それをチームに伝えることができなくて、ズルズルいってしまったことがあったので、それが今シーズン克服する課題です。

——出岐選手のこれまでの歩みを知りたいんですけど、今までバスケットをしてきて、ここがターニングポイントだったという出来事はありましたか?

ああ、大学時代にあります。自分は大学に入るまで自己中(自己中心的な性格)で、スタメンが当たり前だと思っていました。それが、2年生になって新人にスタートを取られたんです。それでシックスマンの役割がわからなくて、先生に「何で私が控えで出るのですか?」と聞いたら、「新人にシックスマンを任せられるわけがない」と言われて。そうか、シックスマンって重要な役割なんだ、そういう考え方があるんだとわかって、そこからガラッと人の見方やバスケの見方が変わりました。試合の流れまでを見ようとする自分がいて、そこからバスケが面白くなりました。

みんながくれたパスだからシュートを決めたい、スクリーンありがとう、リバウンドを取ってくれてありがとう、スペースありがとう、自分の点が取れたのはみんなの役割があるからなんだ、本当にありがとう。という気持ちになりましたね。考え方しだい、気持ちの持ちようひとつでこんなに変わるんだということをバスケから教わりました。バスケに感謝しています。

——この1年間、チームが変わり、キャプテンになり、8人のチームを牽引してきました。環境が変わったことで、改めて感じたこと、今だから思うことはありますか。

普通ならなかなかできない経験をここでしているなと思います。この状態がいいか悪いかは今はわからないですけど、何年後か引退したあとに考えたら、これで良かったんだと思えるような生活がしたいし、今の新潟だったらそれができるんじゃないかと思っています。

みんな日中は仕事をしているので練習時間は減ったけど、質が落ちたとは自分ではそう思わないんです。オフェンスの練習をしたときもディフェンスはダミーでするのではなくて、自分たちが試したいことをやればディフェンスの練習になるし、オフェンスがシュートを打つなら、リバウンドまでをやれば改めてリバウンド練習をしなくても、その1つの練習でリバウンドを取ってブレイクを出す練習になると思う。密度の濃い練習は8人でも十分できています。新潟に来て少人数で工夫しながらやれるこのやり方が経験できて、私は良かったと思います。

——今シーズンの目標を聞かせてください。

自分では何位になるとかはまだ言えないので、個人の目標を言います。自分はひとつのプレイにしても、行動にしても、プライドを賭けてやりたいし、気持ちでプレイしたい。気持ちって表には見えないけど、プレイには出せると思うので、それが結果につながればいいと思います。チームとしては速さとリバウンド。チームでは速さを目標にしていて、それはスピードだけじゃなくて、シュートを打つまでを速く、切り替えを速く、ドリブルを速く、パスを速くというように、すべてを速さで勝負すること。それと身長が低いのでリバウンドを徹底的に練習して、今シーズンに臨みたいです。


質問コーナー(ホームページに寄せられた質問にお答えします!)

●新潟の街の印象はどうですか。

寒いです! 私、極度の冷え症で、開幕したばかりの9月や10月でも一人だけ手甲をしています。新潟は寒いと聞いていたし、実際に1年間生活をしてみて本当に寒かったので、敵は寒さだけです。あとはご飯もおいしいし、人も暖かく、ファンの応援も素晴らしかった。はじめて地域密着を経験しましたけど、ただの応援ではなくて、「チーム=家族」という感じで、ホームだとどこもオレンジに染めてくれて、どんな悪いゲームでも最初から最後まで応援してくれたし、それが後押しになって支えられて勝てた4勝でした。

●仕事との両立で大変だと思いますが、一日のスケジュールを教えてください。

私は会社所有ビルの総合受付をやっています。朝の9時から昼の3時まで働き、そこから移動して、だいたい4時15分くらいから練習。チームの体育館がないので、毎日借りて点々としてやっています。大学の体育館を借りるのだったら、融通を効かせてもらって長く練習できるんですけど、地域の市体育館を使うときは2時間から2時間半しかできないです。日によって違います。

●バスケ選手にならなかったら、将来は何になりたかったですか?

ディズニーランドで働く人!(笑) 本当はドナルドの着ぐるみが良かったんですけど、調べたら着ぐるみは155㎝以上はだめだったので、ディズニーランドの中なら掃除の人でもなんでもいいので、夢の国で働きたいと思っていました。小さい頃に家族と旅行でディズニーランドに行って楽しくて、その頃からなんとなく夢を持っていて、高校の修学旅行で「夢の国で働くぞ」と確信に変わりました。

●バスケ以外の好きな時間は何をしているときですか?

基本、引きこもりなので、家で掃除をして、音楽を聴くことが好きですね。一人でドライブしてひたすら爆音で音楽を聴きながら走るのも好きです。聴く音楽はその時の気分次第。洋楽、邦楽なんでも聴きます。一人カフェも好きです。

●Wリーグに入るまでのバスケット歴を教えてください。

小学校4年生でバスケを始めました。3つ上の姉がやっていたからという単純な動機です。でも、小学校6年、中学3年が終わる時に「これでバスケは終わり」だと、卒業を区切りだと思ってました。でも高校でも続けてしまい、大学に行くときに辞めて就職をしようと考えてましたが、そのとき周りの先生から「大学でやってみたら」と勧めてもらったので鹿屋体育大に進学しました。そのときはディズニーランドで働きたかったはずなのに、結局は先生の意見に従ったので、いわば人に流されたところがあります。

それで、バスケは大学で終わりと決めていたら、大学2年生のときにバスケへの考え方が変わり(ターニングポイントの質問参照)、生活ではバスケ中心の考えになりました。それでも辞めようと思っていた4年のときに大きな捻挫をしてしまい、半年くらいバスケができなかったことで、結果、不完全燃焼でこのままでは終わりたくないと思っていた矢先に、縁があって日本航空から声がかかりました。今思えば、辞めなくて良かったですね(笑)


インタビュー&構成/小永吉陽子